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2012年8月30日木曜日

夏の恋人Stephen、秋の恋人Morgan


この夏、正確に言うと6月の始めから今日に至るまで、私はミッドタウンにあるNY公立図書館のメイン・ビル"Stephen A. Schwarzman Building"にほぼ毎日のように通っていた。ビザ申請の書類準備と活版印刷以外の仕事をする為で、自宅だと改装工事の音で集中できなかったり、ベッドがあるとシェスタとキッチン徘徊の誘惑が常にまとわりつくので、どこかオフィス代わりになる良い場所はないかと探した所、ここに行き着いた。

この図書館は、その建築と内装の素晴らしさから観光名所のひとつでもあり、私も見学したことはあるものの、利用した事はなかった。 条件として考えていた「wifiが繋がり、電源があり、静かである事」はもちろんの事、細部にまで装飾の施された美しい壁や圧倒的な天井画、膨大な数の蔵書がシンと無言でこちらを待っている感覚、そして周りの利用者達が皆真剣に勉強や仕事をしている雰囲気に、「これ以上の場所はない」と感動したのだった。

始め、3階のRose Roomという大広間を利用していたのだが、ある時、奥に小さな部屋があることに気がついた。 そこは美術や建築専門書が収められている部屋で、「入っていいのかな」と思いつつもそうっとドアを開けると、大広間よりもさらに数デシベル静かな空間が広がっていた。それ以来、その部屋は私の世界一集中できる最高のオフィスになっている。

 毎日のように通っていると、部屋を出るたびに本を盗んでいないかチェックする係の黒人のおじさんも、バッグの中身を見ずして"No books? Good to go"と甘くなるし(そもそも始めからちゃんとチェックなんてしていなかったのだけど)、館内に入っている小さなカフェの寡黙なお兄さんも、コーヒーの注文の際に"Whole milk, right?"と覚えてくれ、少しだけ口角を上げてくれるようになった。

シーンとした図書館で、ひたすらにパソコンと向き合った後は、裏に広がるブライアントパークの椅子に座り、夏恒例の様々なフリーの催し〜卓球やジャグリング、チェスや語学レッスン等々〜を楽しんでいる人々を眺めて目を休めた。

芝生の上では無料の映画上映もあり、8月中旬には図書館で仕事をした後に場所取りをして、スペインから来た友人と"All About Eve"(イブの総て)を寝そべって観た。

とにかく、この夏はずっとこの大きな図書館とブライアントパークと一緒だった。
それが先週あたりから、図書館の大きな窓から西日が差す時間が少しずつ早くなったことに気がついた。 8月20日の"Raiders of the Lost Ark"(インディ・ジョーンズの一作目)の野外上映を境に夏が終わった気がする。

今日は弁護士と会う為に(先週、銃撃事件のあった)エンパイア・ステート・ビルへ行ったのだが、そのワン・ブロック先に、これまたNY公立図書館の一つ、"Science, Industry and Business Library (SIBL)"という図書館があるので寄った。
ここはビジネス系の図書館の為か、椅子がハーマン・ミラーのアーロンチェアでとても快適なのだ。Stephen A. Schwarzmanの方は固くて重い木の椅子なので、おしりが痛くなるし、ひく時にギィと言って静まり返った部屋に響き渡るので気を遣う。でも、そういうことを踏まえても、やっぱりどこの図書館よりも圧倒的に魅力的なのだ。家から近い、ブルックリン公立図書館等、ちょっと浮気をしてみようとしたけれど、やっぱりここに戻ってきてしまう。(あそこは館内全体が何か揚げ物っぽい匂いがする。。)
頭がいいのと、親には負担をかけたくないというので奨学金で大学へ入学、もの静かで品格があるのに、みんなに(公立だけに)大きく心を開いている人気者、Stephenはそんな性格なのだ。

でも、今日見つけてしまった。 新たに魅力的な図書館を。
その名も"Morgan Library & Museum"。
前々から外観を見て気になっていたのだが、今日とうとう足を踏み入れてみたら、Stephen A. Schwarzmanとはまた違ったスノッブな魅力があった。それもそのはず、こちらはこじんまりとした私立図書館(兼美術館)で、そのまま公立と私立の学風の違いのようなものだ。1906年に、あのJ. P. Morgan氏の邸宅兼私用図書館として建てられ、2006年にはイタリアのデザイナーRenzo Pianoがエントランスや内部の改装を手がけたとの事で、小粒ながら洗練度がハンパない。
ミュージアムショップを覗いたら、製本や印刷に関する本が並んでいて興奮。趣味が合った!
Ellisworth Kellyという、ミニマムな作風の彫刻家の展示が良さそうだったので、入館料$15を払って入ろうとした所、係のお兄さんに「今日はもうすぐ閉まるし、金曜日ならタダで入れるんだから今度にしたら?」と言われ、出直す事に。

外見と育ちの良さそうな雰囲気に惹かれて、中身はまだ見ていないので、想像は膨らむばかり。

まるで恋の始まり。
でも、結局またStephenに戻るのだろう。
この夏を共にした、大らかな夏の恋人、Stephenへ。

Stephen A. Schwarzman Building

Morgan Library & Museum

2012年3月7日水曜日

忘れられたタイトル

どうしても思い出せない映画のタイトルがある。

小学校、たしか4、5年生くらいの時に、姉と共に母に連れられて観に行った映画。

新宿か、もしくは渋谷あたりの映画館。

ニューヨークを舞台にしたドキュメンタリーだった。

地下鉄の階段を降りるシーンと、何よりも鮮烈に焼き付いているのが、

10代の黒人の子供が路地裏で刺されるシーン。

Tシャツをぺろっと捲って、脇腹の傷口を見せながら「こんなことは日常茶飯事だよ。」というセリフ。

白黒だった気がする。

それがハーレムを舞台にしていたのかは思い出せないが、

そういった子供達の母のようになっているパーマヘアーの日本人の中年女性が主人公だった。

母や姉に聞いてもうろ覚えだった。

当時の私のニューヨークのイメージといったら、この映画の殺伐とした感じとキースへリング だった。

あの映画が制作されてから二十数年。 

ニューヨークは随分と安全な街になった。

と思っていたら、週末空き巣に入られた。

空き巣というとまだ平和な感じがするが、家に居たら強盗だったかも知れない。

空き巣が入った前夜、だれも帰宅していない家に1人戻った私は、何か妙な空気を感じた気がして、わざわざ洗面所の窓ガラスの汚れをじっと見て「ガイコツに見える!!」と思い込んで腰を抜かしそうになったり、霊は音を怖がるというので手を叩きまくったり、挙げ句の果てに恐くて居てもたっても居られなくなり、近くに住む友人宅に「ちょっと...今からお邪魔していいですか?」と押し掛けるという、軽く狂った行動をしていた。

今から思うと、虫の知らせだったのだろうか。 虫というか、霊の。

とにかく、ルームメイト共々、命が無事で良かった。

警察によると、黒人のティーンエイジャーのグループによる窃盗のリポートは、毎日あるという。

そこからそのキッズ達の生活を想像していて、何億もの記憶のヒダに埋もれていた映画の断片が蘇ってきた。

でも、タイトルが思い出せない。

どなたか心当たりのある方はご一報を。

厄払いの方法も、一緒に沿えて頂けると助かります。

2011年11月10日木曜日

Where Is George?

めまぐるしい日々の中、こんな時だからこそと、お札を1枚1枚丁寧に向きを揃えてお財布に入れたりして、(B型なのに)A型ぶってみていたところ、妙なものを発見した。

1ドル札の1枚に、手書きで"Track this bill"と書いてある。そして、その横にうっすらとwebsiteアドレスが。今、一分一秒を争う忙しさなのに、こんなものに構ってる場合じゃ...勿論、すぐにURLを打ち込み、検索した。 それはwww.wheresgeorge.comというサイトで、このwebsite情報が書かれた紙幣の番号を打ち込むと、どういう経路でその紙幣が自分の手元に渡ってきたか、トラッキングできるという仕組みであった。もちろんGeorgeは1ドル札に載っている、ジョージ・ワシントンから。
へええ、面白い。で、早速(忙しいのに...)番号を打ち込んで調べてみると、、私の元にやってくる前はニュージャージーのニックという男性の元にあったらしい。その前は、ブロンクスのキャシー。これは特に何の役にも立たないけど、ただの1ドル札が急に伝書鳩かメッセージボトルのようなロマンチックなアイテムに思えて来る。ブルックリンのエミコから、次はどこの誰に渡るのだろう。お金は巡り巡っていくのですね。

余談だが、父がアメリカで働いていた頃、彼の通称はGeorgeだったそうだ。由来は、赴任時にShigeoという本名がアメリカ人には難しかったため、最後のgeoを取ってGeorgeとのこと。なかなか上手い、と思った。

2011年8月27日土曜日

孔雀の家出

 「ナイト・オン・ザ・プラネット」(原題は"Night on Earth")という、ジム・ジャームッシュが監督したオムニバス映画がある。
パリ、ヘルシンキ、ローマ、ロサンゼルス、ニューヨークを舞台に、タクシードライバーと乗客とのやり取り/人間模様を描いたもので、10代の頃に観て面白いと思った映画のひとつである。

現実に、タクシーという乗り物は、バスや電車と違ってドライバーと乗客との間に会話が生まれる確率がとても高い。
両者の組み合わせの偶然性と、ランダムな会話から生まれる物語の数を思うと、くじを引くような気持ちで手を挙げてしまう。

ニューヨークのタクシー、通称「イエローキャブ」のドライバーは、その運転の乱暴さと感じの悪さで悪名高い。確かにそれは事実なのだが、運良く「アタリ」のドライバーに当たれば、目的地に着くまでの間に、「ナイト・オン・ザ・プラネット」に匹敵する脚本がスラスラと書けそうな程の面白い話を聞く事も出来る。

私は基本的には、東京でもニューヨークでも、タクシーでは窓から流れる景色を静かに観て過ごすのが好きで、自分からはあまり話しかけないのだが、お喋り好きで/キャラクターが濃く/話が面白い、つまり「アタリ」のドライバーの車を引いた時には、面白い映画を観るように、前のめり気味になって話を聞いてしまう。

最近は幸運にも「アタリ」のドライバーに当たる率が高い。


つい先日のこと。

ルームメイトのNちゃんとメトロポリタン美術館へ行った帰り、友人アーティストのギャラリーオープニングまで時間があったので、ダイナーでお茶をすることになった。店に入った途端、土砂降りになったので、しばらく飲み物1杯でねばって夕立が過ぎるのを待っていたが、やむ気配がないのでタクシーで駅まで行く事になった。

このドライバーが、久々の「アタリ」であった。

そのインド人の運転手(名前は失念、それどころか名前を書いた紙を最後に渡されたのに失くした)は、乗り込んだ瞬間から「お喋りタイプ」に分類できた。昔日本へ行った事があり、その時に10人の女性に求婚された、だが自分は一つの場所に居られないたちだから全員振ったのだ、等々、ハッタリにも自慢にも聞こえる話だがなぜか鬱陶しく感じさせないという才能の持ち主だった。そして、セントラルパークの横の5番街へさしかかった時のこと。「知ってるか?昨日のクジャクの件」というので、"No, what happened?"と聞くと、インド訛りの英語で、その奇妙で美しい事件の顛末を話してくれた。

前日のこと、セントラルパークには小規模な動物園があるのだが、そこで飼っている孔雀が、何のはずみでか逃亡したらしい。それも、飛んで。第一に、孔雀のあのゴージャスな羽根は魅せる為のものであって、飛ぶ為には機能しないと思い込んでいたので、もうそこで前のめりになった。

とはいえ、やはりこの玉虫色の美しい羽根を持つ鳥は、遠くへは飛べないようで、彼(♂の孔雀との事、つまり、より美しく派手な羽根を持つ方)の選んだ逃亡先は、道路を挟んだすぐ向かいの高級アパートの5階の窓のフチ。そして、そこに何と5時間も佇んでいたという。その間、近隣の住民から旅行客まで、その孔雀の一挙一動に目が釘付けだったのは言うまでもない。

帰宅後、早速"Peacock/escape/Central Park"で検索をかけてみた所、NY TimesからDaily Newsまでこぞってこの珍妙な事件を記事にしていた。
中でも、どこの新聞社か忘れてしまったが、あえてこの孔雀ではなく、それを見上げる人々の顔を撮り集めた記事が面白かった。ぽかんと放心して口を空けている人、iphoneで写真を(恐らくTwitterで実況中継)撮るのに忙しい人、やれやれまた変なことが起きているぞとどこか呆れ顔の人等々、それぞれの反応のバリエーションの豊富さに「ああ、ニューヨークらしい。」と満足した。

そして5時間もの間、ニューヨーカー達の注目を思う存分ひとり占めした後、家出孔雀は再び飛んで「マイホーム」に戻ったそうである。

こんなこぼれ話が聞けるのもまた、ニューヨーク・イエローキャブの良い所。

また「アタリ」が引けますように。

そして、いつか孔雀様のつかの間の逃亡先に選ばれるような素敵なアパートに住めますように。



P.S.ニューヨークでは大型ハリケーンが到来するというので、明日は地下鉄も止まります。今夜はまさに嵐の前の静けさ。「週末なのにどこにも行かない」んじゃなくて「行けない」妙な安心感を逆手に、活版印刷の続きと、読書と映画に精を出したい、などど呑気に構えていますが、それも窓が割れたり天上が落っこちてきたり浸水しなければの事。私はサバイブするのに妙な根拠のない自信がありますが、非難区域の皆様、どうかお気をつけ下さい!ドンと来い、アイリーン!


2011年8月3日水曜日

シビルとの思い出

今日はマンハッタンに用事があったので、帰りに日系スーパー「サンライズマート」へ立ち寄り、素麺に茄子、大葉などで埋まって行く買い物かごを見て夏を実感。

サンライズマートの下にはアート関連の本が充実した良い本屋があるので、ここにもついでに立ち寄って、ニューヨークの5つのボロー〜Manhattan, the Bronx, Brooklyn, Queens, Staten Island〜の多種多様な店の看板を撮りまとめた写真集を座り読み(椅子があったので)。

それからユニオンスクエアまで歩く途中、足はSTRAND BOOK STOREの方向へ。
と言っても、今回は立寄らなかった。

98年の春、1年間ニューヨークに留学させてもらっていた際に、アパート探しをする半月ほどの間、父が昔アメリカで勤務していた時の同僚の知人「シビルさん」のアパートにお世話になっていたのだが、それがSTRANDの横のビルだった。
12丁目の4アベニューの77番地。今では考えられない程の恵まれた立地である。

「ああ、ここに居たっけな」と思いながら見上げると、年月の層に埋もれていた記憶が蘇って来た。

まず、そのお婆さん〜シビルさん〜は、初めて会った時、「ああ、この人は相当の偏屈者だな」とわかった。基本、笑わないし、部屋がとても汚い、というかやけに散らかっていた。
夫はなく、死別した訳でもなく、生涯1人者のようだった。

パスタを作るけど、食べますかと聞くと、「私はバターと塩だけの味付けで。それ以外は食べない。」と言う。太るのを気にしていると言う割に(すでにかなり太っていらしたが..)、夜中にバケツ程の大きさのアイスクリームを毎晩、半分くらい平らげていた。「あの...それって、、太らないの?」とおそるおそる聞くと、「見てご覧、エミコ。これはTofuty(トーフーティ)っていうアイスで、トーフで出来ているから安心なんだよ。ガハハ。」と自信たっぷりに言うのには泡を吹いた。

足が悪いので、私の腕を取って歩くのだが、基本的には杖を使って文句を言いながらもガシガシ歩く。ある時2人で歩いていると、赤信号なのに構わずズイズイ歩いて行く。ニューヨークでは警察でさえ信号無視は日常茶飯事で、その代わり、ちゃんと車が来ないかは皆見ている。(だから、逆に事故が少ないと聞いた事がある。)だが、シビルは車も全く見ていない。案の定キャブがバーッと走って来て、シビルの前で急ブレーキを踏んだ。普通のお婆さんならうろたえる所だが、そうはいかないのがシビルさん。
持っていた杖をタクシーのボンネットにバシッ!バシッ!と打ち付けつつ、「気をつけろ!バカもの!」と怒鳴り散らしていた。これには衝撃を受けた。「さっ、エミコ、行くよ。腕!かしな!」と引っ張られつつ、「ニューヨーカーってたくましい...」という観念が私に植え付けられた。

そして、ひとり者のおばあさんには欠かせないアイテムとして、猫が2匹居た。これが致命的で、私は重度の猫アレルギーなのだ。とはいえ、不思議と長毛種は平気で、日本の実家ではタヌキそっくりの「ポンちゃん」という異常に可愛いヒマラヤンと8年間も一緒に暮らして平気だった。だが、困った事にシビルさん家の猫ちゃん達は、揃って短毛で、私は「こりゃ死ぬ」と思った。案の定、初日の夜から、私の個室には猫は入らないようにしたものの、前日まで、というか、それまで何年も猫が居た部屋には、掃除しても掃除しても目には見えない無数の猫毛が宙を浮遊しており、私を苦しめた。早速喘息の症状が出て、肺をヒューヒュー言わせながら、「一刻も早く猫を窓から放り...じゃなくて私が出て行かなければ...」と思った。

その頃はインターネットもなく、携帯電話もなく、気管支ヒューヒューが邪魔して寝付けないので、お昼にユニオンスクエアにあるBarnes & Nobleという本屋に入っているCDショップで買ったCDをプレイヤーに入れて、その中でもお気に入りだった曲を何十回も、シビルを起こさないよう小さい音量でかけた。それはFrente!というバンドのBizzare Love Triangleという曲だった。(New Orderのカバー曲)

窓の外を見ると、今はChase Bankの醜いビルに遮られて見えなくなってしまった、Carl Fischer という楽譜専門の出版社の音符のマークが特徴のビルの向こうで、空が白みかけていた。ホームシックで少し涙を流しつつも、いつの間にか眠りに落ちていた。

次の日は、喘息が本当に苦しいという事で、どうやって見つけたか、コリアンタウンにある中国人ドクターの医院(今思えば確実にモグリ)という怪しさ満点の所へワラをもつかむ思いで行った。なぜここを選んだのか、全く思い出せないが、電話帳で調べたか、シビルの入れ知恵、しか思い当たらない。

中国人ドクターに症状を説明し、怪しい英語で何かを返された後、「ハイ、じゃオシリを出しなさい」と言われた。「えっ。今なんて...?ホワ〜イ!???なぜに??」である。でも、目付きと口調から、これは変な意味ではない、と判断した私は大人しくオシリをさし出した。すると、横に居た看護婦さんが「これをウッチマース」と、見た事もないような大きく太い注射を出すではないか。
逃げ出そうかとも思ったが、もうどうにでもなれ、という心境でもあったので、覚悟を決めた。看護婦がオシリの頬っぺたにブスリ...。
この注射が、後にも先にも比べるもののない程、痛かった。
そして、その日からシビルの家を出るまでの半月の間、喘息はぴたりと治まった。猫を始末せずにして、である。

あの時オシリに打たれたものは何だったのだろうか。
それは知る由もない。

そして、シビルと猫達は今もあのSTRANDの横に住んでいるのだろうか。
これは、知る由はあるけれど、、勇気がない。


2010年11月7日日曜日

Visionaire's Halloween Party @MOMA PS1

8月につけた、残暑見舞いの記事から早や2ヶ月が過ぎてしまいました..。
なんというスローペースなブログでしょう。
気がつけば秋を通り越して、初冬。N.Y.もすっかり冷え込んで参りました。

色々な出来事がありましたが、中でも最近の1番大きなイベントは「ハロウィン」でした。
それも、ラッキーな事にヴィジョネア(部数限定/毎号オブジェのようなクオリティのファッション+アート雑誌)のハロウィン・パーティに滑り込む事ができたので、この貴重な体験をご紹介させて頂きます。

誘われたのはハロウィンの前日の10月30日・土曜日で、「明日までに何か仮装を考えればいいや」とノン気に構えていたのに、夕方頃に「ねえ、エミコ、仮装の準備はできてる?今夜の」と電話が入り、私の勘違いが発覚。今年のハロウィンは日曜日なので、ほとんどのパーティは金曜日か前日の土曜日に行われていたのでした。頭の中が一瞬真っ白になるも、ちょうど2年前にフリーマーケットで購入した、アンティークの黒のロングドレスがしまってあったのを思い出し、さらに都合の良い事に一緒に行く友人達も、テーマは「ゴシック」との事で、後はお化粧でなんとか間に合わせる事に。

友人宅に着くと、既にお顔真っ白、お目目の周り真っ黒、衣装は退廃的で暗黒でゴシック!にバッチリ決めた友人達が洗面所で「ゴス化」に精を出していたので、私も負けては居られない、とお白粉をペタペタ。
ハロウィン仮装って、始めるまでは面倒なんだけど、いざやり始めるとトコトンやりたくなるものですねえ。。

完ぺきにアブナイ3人組が完成した後、アパート下でさらに2人の友人とキャブに乗り込み、いざ、パーティ会場へ!
会場となったのは、MOMA PS1と言う、Long Island CityにあるMOMA系列の現代美術館。
PS1とは、Public School No.1の略、つまり元学校を改築した美術館なので、ホラー気分も5割増!

キャブ内でサンドウィッチをまわし食べし、橋を越え、会場に到着。
入場リストチェックも無事に済み、入り口へ向かうと、館内へ続く階段の一段一段にロウソクが灯されていて、この美術館の無機質な昼間の顔しか見た事のない私はゾクゾクと大興奮!

この写真のみ、NY Timesから拝借...


ちなみに、家でホラー気分を盛り上げるため、1人何遍もシツコク再生していた曲はこれ!

Bauhaus "Bela Lugosi's Dead"

うーんカッコイイ!

私達3人の仮装も、まるでこの曲のようにゴシックで不気味なものになったと思います。。
ヒヒヒ。。


さあ、いよいよ館内に入ると、廊下は赤いランプで血の色に照らされ、「キャー!ヘルプミー!」という叫び声の音声がこだましておりました。

真っ赤な廊下

フリードリンクもクランベリー×ウォッカで血の色...。

DJも顔はピエロ

小林君とマギーと巨大なドラァグクイーン

昼間の王様と暗黒王子タケル(小林君のゴスの似合う事!)

マギーのゴス似合いっぷりも、半端ない!

American Psychoのパトリック・ベイトマン??

キース・リチャーズ(偽)と今回誘ってくれたニッキー

ウルフマン

綿ホコリをまき散らしていたカップル

イケメンのボート漕ぎ

コーンヘッズ!

純白で目立っていたカップル

カメラを向けると笑顔がとても可愛かったキューピッド君

どんなパーティにもパンチの効いた華を添える、ドラァグクイーン

全身キースへリング男

マギー、小林君、可愛いブラックバニーちゃん

人気のあるテーマ、「血の花嫁」(もしくは「キャリー」)

踊るうちに夜は更けて...


その他、美しいバレリーナに扮したVisionaireのカリスマ編集長のセシリア・ディーンや、インディアンの酋長に扮した同じく創始者のスティーブン・ガンなどもダンスフロアに。ヴィジョネアのパーティだけあって、凄い人ばかりが来ていただろうことは間違いないのですが、何しろみんな仮装しているので、誰が誰だか。。後でニュース記事を見ると、コートニー・ラブや
リブ・タイラーも来ていたとの事でした。


とはいえ、そんなセレブ達よりも私の心を鷲掴みにしたのが、この男...



どん!

Dr. Zizmor!!!!!

これ....N.Y.で地下鉄に乗る人しかわからない可笑しさなのかもですが。。

元ネタは、コチラ...↓




要は、Dr.Zizmor氏という美容外科医の打っている広告なのですが、そのデザインの醜悪さといい、全体から漂う異様なまでの胡散臭さといい、ニューヨーカーなら誰もが1度は(たぶん)笑いの種にした事のある、ある意味「ニューヨークで1番有名な男、の1人」なのです!...負の意味で!

そんなZizmorと顔も髪型(後退具合)も似ている彼が、手描きの涙ぐましい看板を背負っているのを発見したときの腹筋の痛さと来たら!!
間違いなく、私の中の今年のハロウィン仮装第1位です。


お洒落なパーティに行ったのに、結局1位はZizmorって...。


なにはともあれ、大人が本気で仮装して遊ぶN.Y.のハロウィン、私は好きです。


でも楽しみ過ぎて、次の日は1日中ひどい2日酔いでした。反省。。m(_ _)m


さぁ、来年は何になろう!?



※私の仮装写真が1枚もないのは、ハニかんでいる訳ではなく、自分のカメラで撮りそびれたからです。友人から送ってもらったら、また載せま〜す☆

2010年6月22日火曜日

スイミーの逆襲


日曜日の午後。


炎天下の中、年に1度近所で催される、屋台が何ブロックも立ち並ぶお祭りの人ごみをかき分け、ブルックリンからマンハッタンへ向かう地下鉄F線に乗り込んだ時の事でした。

目の前にはごく普通の、いや、標準よりも1.5倍程ヒョロリとした、色白のアメリカ人青年が座っていました。片手で新聞を持って夢中で読んでいるのですが、もう片方の手で、膝に乗せたスナック菓子を「The・無意識」といった感じで次から次へガバッと掴んでは口に放り込んでいました。
そのスナックは、日本で言う「おっとっと」(とんねるずのCM、懐かしいネ!)のような、アメリカでは超メジャーなオサカナ型のクラッカー、"Goldfish"でした。


      スーイスイ♩

はじめは「この人、私が今こっそりGoldfishを柿ピーにすり替えても気付かないんじゃないの?」と思う程、全く注意が払われないまま青年に噛み砕かれていくオサカナ君たちでした。


この後、その機械と見紛うほどの、

♩サカナ掴む→口に入れる→噛む/噛む/噛む♩(以上、ループします)

という見事な三角リズムに変調が訪れようとは。。


青年の観察にそろそろ飽きて来た頃(とは言え、ものの2分くらい..)、電車はなおもカタンコトンと穏やかに線路を滑り進んで行きます。
でも...新幹線でもなく、ましてや「ニューヨークの地下鉄」に「穏やかに」なんて形容詞、そもそも似合う筈がありませんよね..? (´ー`)┌ フッ

きっと面白い記事でも見つけたのでしょう、青年の意識が完全に新聞に移行し、「菓子の手」の動きが青年の意識を離れ、完全にオートマ化された時でした。


「キュキューッ!」


いつもの事です、急ブレーキです。

しかし、その時  目の前で繰り広げられた事は、いつもの事からはほど遠い景色でした。。


「ドッッバーッッッ!」


と、ブレーキと共にサカナ君たちが青年の膝に不安定に乗せてあった袋から、有り得ないくらいド派手に飛び出して来たのです。ブチまけられた、とも言いますが。
さながら、せっかくコンガリ黄金色に、美味しく焼かれて生まれてきたのに、まったく味わわれないで食べられていったサカナ君たちの逆襲のようでした...。(←今考えました。)

車両には青年と私と、あと私と同じ側に座っている男性がいたのですが、私と同じくらい笑いをプルプルとこらえている男性の顔が、向かいの窓に映ったのを見た時、私の「笑欲」は頂点に達しました。そんな余裕は無かったのですが、念のため、「思いっきり笑ってもいいかナ?」の無言の許可を得ようと、笑いの提供者の顔をチラッと伺い見た所...


激・真顔!


だったので、驚愕しつつもそこは一応社会人、スッと笑いを引っ込めてみました。(健康に悪そう。絶対に悪そう。)

青年は、自らが引き起こした事態を中々飲み込めないまま、しばらく真顔でボー然としていたのですが、我に返るや否や、今度は何食わぬ顔で、自分の膝・イスの上に僅かに散り残ったオサカナ君たちを、迅速かつ正確に、一匹一匹つまみあげ、袋に回収していったのです!(私の心の声:「あ、それはセーフティゾーンなんだ。。」)

問題は、「超・大漁」とばかりに床に散乱したオサカナ君たち...。
どうするんだろうなー、ウ〜ンまあ、放っとくんだろうなー、と思っていた矢先っ...!!

サッカー選手顔負けの華麗な足さばきで、「サッ、サッ」と自らの足を利用してスイミーたちをかき集めるではありませんか!
再び襲ってきた笑いの波を鎮めつつも、さすがに「メ、メイアイヘルプユー...?」と言いたかったのですが、そんな安い同情はいらんッ!とばかりの彼の超真顔っぷりに、これまた言葉を引っ込めてみました。(確かに...私が何をしたところで、もうサカナたちは戻ってこないのだもの...クスン)

やっと、サカナ君たちをひと所へ集め終わり、面白すぎる足の動きも止まった頃、青年はまた何食わぬ顔で新聞へと戻って行きました。


波瀾万丈を見守った後の、心地いい疲労感と妙な満足感。
このドラマっぷりはセックス・アンド・ザ・シティ2にも劣らないのではないでしょうか?(うそです。)


ちなみに、青年は次の駅で降りる時に、かき集めたオサカナ君たちを自慢の「足ぼうき」で電車とホームの間のギャップに律儀に蹴り落として行きました。一匹残らず。。


〜おまけ〜

2010年5月14日金曜日

姉、来たる



5月はイベントフルな月でして、月初めには姉が、先週は父が遊びに来ました。


まずは、姉との思い出を...


NY郊外の緑いっぱいの場所へ行って、リフレッシュしよう計画も出たのですが、結局、家から歩いてすぐのプロスペクト・パークへ行きました。

私のおおまかな計画では、公園内を軽く散歩→スザンヌ・ベガの有名な"Tom's Diner"という歌が書かれたという、Tom's Restaurantでブランチ、の予定だったのですが...


タンポポやシロツメクサと戯れる姉。


道を行く姉。


シュールな構図、の姉


リス風の姉。


水面にお日様がキラキラ。


とかなんとか、歩いたり、寝そべったり、美味しいアップルサイダーを買って飲んだり、迷ったりしてたら、気付くと広大とは言え、公園内で5時間くらいが経過!あわわ。

少し慌て気味でTom's Restaurantへ向かうと...


Tom's Restaurant

ガーン!!閉まってルゥ〜〜〜〜うゥ!
見ると、4時閉店と書いてあります。。は、早すぎではないですか?



Suzanne Vega "Tom's Diner"



完全にダイナー・モードになっていた為、これまた家の近所の"Purity Diner"へ行く事に。


Purity Dinerの店内


手前は私のパンケーキ&ソーセージ、
向かいは姉のブルックリン・フライ


このダイナー、私の前の日記「雪の紐育」でもチラッと出て来たんですが、ほんとに何の気取りもない、ダイナー以上でもダイナー以下でもない、ダイナーらしいダイナーなんです。
で、ダイナーらしいものを注文。



次の日は家から電車で約30分のコニーアイランドへ。
コニーアイランドの歌と言えば、やはりこれでしょうか?


松田聖子「雨のコニーアイランド」


対する、洋楽勢ではこれでどう?


Lou Reed "Coney Island Baby"


でも1番似合うなあと思う曲は、これです。


The Drifters "Under The Boardwalk"


脱線しましたが...とにかく着きました。カンカン照りのいい天気!


コニーアイランドに欠かせない存在のNathan'sホットドッグ☆


"Wall of Fame"には我らが小林尊くん!


コニーアイランドの、いたる所にある間抜けなイラストが、とてもツボ。



このさびれ感がたまらないでしょう?


手描きの看板もいい味出して。


観覧車と星条旗。


夜中に営業してたら忍び込んで遊びたい。(大人限定)


木造コースター、サイクロ〜ン!


また くるよ。


しばらく改装中だったコニーアイランドの遊園地Luna Parkが明日、19個の新アトラクションをお披露目してのグランド・オープンらしいですよ☆
行かなくては...。


そんなこんなで、姉とはほぼ、ブルックリン内で充実してしまいました。


それでは、次回は父日記を...。



2010年3月21日日曜日

ボタニカルガーデン




土曜日。

快晴。

それどころか、起きたらまるで初夏のように太陽が熱く、白く輝いていたので、「来たか。夏め。。」と思いながら二度寝する。
(とばさないで頂きたいんですけど、私の1番好きな「春」を。)

11時くらいに「本起き」して、窓の外を見ると、みんなもう半袖やタンクトップで歩いている。寒風吹きすさぶ日でも平気で半袖を着たりするアメリカ人の肌は、ゴムで出来ていると信じているので、「またまたァ〜」と疑ってかかったけれど、外に出てみたら羽織っていた上着を脱ぎ捨ててしまった。

それにしても、どこから湧きだして来たのかと思う程、たくさんの人が道に溢れていた。ちなみに、うちのあるパークスロープというエリアは、本当に親子連れ、ワンちゃん連れが多い。まさに、犬も歩けば犬に当たるという感じ。

せっかく家がプロスペクトパークに近い上にこんな夏日なので、ブルックリン図書館の横の道を通って、ボタニカルガーデンへ向かった。


ブルックリン図書館。以前撮ったもの。


入園料を払い、広大な庭園を花の匂いを吸い込みながら歩く。




庭園に来たのは、年末年始に日本に帰国した際に姉と訪れた浜離宮恩寵庭園以来だ。
その前は、たしか2006年頃に1人で訪れた、目黒の東京都庭園美術館。
いずれも、とくにパンチの効いた思い出ではないけども、お気に入りの思い出となっている。

こちらのボタニカルガーデンは、「シェークスピア・ガーデン」(シェークスピア作品に出て来る植物を集めた庭)「ジャパニーズ・ガーデン」(1914年に作られたそう。ちゃんと鳥居もある。)など、色んなテーマに沿った庭がある。


まだ開花していない、「Cherry Walk〜桜ガーデン〜」の芝生に寝そべって、空を仰いだ。
4時頃だったのだが、まだまだ空は青く、太陽が、目を閉じていても瞼の裏をオレンジ色の卵の黄身色に染める。
薄目を開けて、周りを見ると、私のように寝そべっているカップル、追いかけっこをする子供達、敷物の上で各々で読書をする老夫婦、桜の樹のふもとでノートパソコンをいじる青年などが、のどかに点在していた。「庭らしい風景。アハハ」と安心して、また目を閉じる。

すこし経って、目を開けると、真上を飛行機が通過するところだった。飛行機雲がすぐに流されていたので、思いのほか風は強かったのだろうか。

少し肌寒くなったので、カーディガンを羽織り、お尻に付いた草を払い、「日本庭園」の方へ歩く。
ここでは、鳥居のある池があり、鯉が泳いでいた。印象は「オゥ、ジャパニーズ!」


「大明神」と書かれた鳥居と、ジャパネスク気分に浸る恋人達

で、ふと目線を下にやると、亀の親子が石の上でひなたぼっこ。
子亀を背中に乗せた親亀がいて、いったいどうやって乗せたのだろうと感心する。

1番右、子亀を背に乗せてみた親亀さん



それから、季節になったら睡蓮などが咲くはずの水庭を見る。
ここには紅い金魚が泳いでいたのだが、それを見ていた子供が唐突に池にツバを垂らしたのを私は見逃さなかった..。

〜そこで〜 小学生の時に(ちょっと変わっている)母と「アメフラシを観察しに行くツアー」という、なかなかコアなツアーに参加したのを思い出した。そのヌルヌルとしてブニブニとした不気味な軟体動物「アメフラシ」と対面して、観察したり触ったりした後、参加者はそれぞれ自由に浜辺を歩いたのだが、そのとき私は足元に落ちていた海綿を拾って、何の気もなしにそれを引きちぎったのだ。すかさず、そのツアーのリーダーぽいお兄さんに「残酷!それは生き物なんだよ!」と怒られたのだが、そんなスポンジが生き物だなんて、どうにも腑に落ちなかったのを覚えている。

子供は、世の中の疑問について、色々と自分で試さないといられない生き物なんだと思い出した。池にツバを垂らす少女を見て。

いちばん楽しみにしていた熱帯雨林の温室は、もう時間になって閉まっていた。

巨大な樫の木やイチョウの木を見つけ、じっくりと触っていると、カートに乗った2人の黒人のお兄さん達に「もうそろそろ閉園なのでよろしく〜。」と言われ、帰ることに。


「アバター」的には、三つ編みの先っぽにつなげる所なんだけど...


こんなに気持ちの良い場所が近くにあるなんて。。

と、その気持ちの良さのまま帰る筈が、ふと立ち寄った家の隣のオーガニック食料店のジュース・バーで、いわゆる青汁かと思って頼んだWheat Grass(カモジグサ)のジュースを飲んで、ものすごく気持ち悪くなって吐いてしまった。吐きながら、「これ、まさか猫草(猫が毛玉を吐き出すために食べる草)では?」と思う。。


何年か後に、今日の庭園の思い出をうかべる時には、草を飲んで吐いた、という箇所はスッキリと忘れていたいと思う。