2012年8月30日木曜日

夏の恋人Stephen、秋の恋人Morgan


この夏、正確に言うと6月の始めから今日に至るまで、私はミッドタウンにあるNY公立図書館のメイン・ビル"Stephen A. Schwarzman Building"にほぼ毎日のように通っていた。ビザ申請の書類準備と活版印刷以外の仕事をする為で、自宅だと改装工事の音で集中できなかったり、ベッドがあるとシェスタとキッチン徘徊の誘惑が常にまとわりつくので、どこかオフィス代わりになる良い場所はないかと探した所、ここに行き着いた。

この図書館は、その建築と内装の素晴らしさから観光名所のひとつでもあり、私も見学したことはあるものの、利用した事はなかった。 条件として考えていた「wifiが繋がり、電源があり、静かである事」はもちろんの事、細部にまで装飾の施された美しい壁や圧倒的な天井画、膨大な数の蔵書がシンと無言でこちらを待っている感覚、そして周りの利用者達が皆真剣に勉強や仕事をしている雰囲気に、「これ以上の場所はない」と感動したのだった。

始め、3階のRose Roomという大広間を利用していたのだが、ある時、奥に小さな部屋があることに気がついた。 そこは美術や建築専門書が収められている部屋で、「入っていいのかな」と思いつつもそうっとドアを開けると、大広間よりもさらに数デシベル静かな空間が広がっていた。それ以来、その部屋は私の世界一集中できる最高のオフィスになっている。

 毎日のように通っていると、部屋を出るたびに本を盗んでいないかチェックする係の黒人のおじさんも、バッグの中身を見ずして"No books? Good to go"と甘くなるし(そもそも始めからちゃんとチェックなんてしていなかったのだけど)、館内に入っている小さなカフェの寡黙なお兄さんも、コーヒーの注文の際に"Whole milk, right?"と覚えてくれ、少しだけ口角を上げてくれるようになった。

シーンとした図書館で、ひたすらにパソコンと向き合った後は、裏に広がるブライアントパークの椅子に座り、夏恒例の様々なフリーの催し〜卓球やジャグリング、チェスや語学レッスン等々〜を楽しんでいる人々を眺めて目を休めた。

芝生の上では無料の映画上映もあり、8月中旬には図書館で仕事をした後に場所取りをして、スペインから来た友人と"All About Eve"(イブの総て)を寝そべって観た。

とにかく、この夏はずっとこの大きな図書館とブライアントパークと一緒だった。
それが先週あたりから、図書館の大きな窓から西日が差す時間が少しずつ早くなったことに気がついた。 8月20日の"Raiders of the Lost Ark"(インディ・ジョーンズの一作目)の野外上映を境に夏が終わった気がする。

今日は弁護士と会う為に(先週、銃撃事件のあった)エンパイア・ステート・ビルへ行ったのだが、そのワン・ブロック先に、これまたNY公立図書館の一つ、"Science, Industry and Business Library (SIBL)"という図書館があるので寄った。
ここはビジネス系の図書館の為か、椅子がハーマン・ミラーのアーロンチェアでとても快適なのだ。Stephen A. Schwarzmanの方は固くて重い木の椅子なので、おしりが痛くなるし、ひく時にギィと言って静まり返った部屋に響き渡るので気を遣う。でも、そういうことを踏まえても、やっぱりどこの図書館よりも圧倒的に魅力的なのだ。家から近い、ブルックリン公立図書館等、ちょっと浮気をしてみようとしたけれど、やっぱりここに戻ってきてしまう。(あそこは館内全体が何か揚げ物っぽい匂いがする。。)
頭がいいのと、親には負担をかけたくないというので奨学金で大学へ入学、もの静かで品格があるのに、みんなに(公立だけに)大きく心を開いている人気者、Stephenはそんな性格なのだ。

でも、今日見つけてしまった。 新たに魅力的な図書館を。
その名も"Morgan Library & Museum"。
前々から外観を見て気になっていたのだが、今日とうとう足を踏み入れてみたら、Stephen A. Schwarzmanとはまた違ったスノッブな魅力があった。それもそのはず、こちらはこじんまりとした私立図書館(兼美術館)で、そのまま公立と私立の学風の違いのようなものだ。1906年に、あのJ. P. Morgan氏の邸宅兼私用図書館として建てられ、2006年にはイタリアのデザイナーRenzo Pianoがエントランスや内部の改装を手がけたとの事で、小粒ながら洗練度がハンパない。
ミュージアムショップを覗いたら、製本や印刷に関する本が並んでいて興奮。趣味が合った!
Ellisworth Kellyという、ミニマムな作風の彫刻家の展示が良さそうだったので、入館料$15を払って入ろうとした所、係のお兄さんに「今日はもうすぐ閉まるし、金曜日ならタダで入れるんだから今度にしたら?」と言われ、出直す事に。

外見と育ちの良さそうな雰囲気に惹かれて、中身はまだ見ていないので、想像は膨らむばかり。

まるで恋の始まり。
でも、結局またStephenに戻るのだろう。
この夏を共にした、大らかな夏の恋人、Stephenへ。

Stephen A. Schwarzman Building

Morgan Library & Museum

2012年8月26日日曜日

残暑お見舞い申し上げます〜ペンギンの巡り合わせ〜

残暑お見舞い申し上げます。

というタイトルのブログ記事を書いたのは、二年前の夏でした。
80年代に、聖子ちゃんの歌をBGMにポテッとしたペンギンが登場する、サントリー缶ビールの名CMがあったことを覚えていらっしゃる方は多いと思いますが、私は昔からこのCMが大好きです。Youtubeが発明されてからは毎年夏になると、花火やお素麺と並ぶ夏の風物詩として、1人で動画を楽しんだり、友人達に暑中見舞いや残暑見舞い代わりにEmailで送っては「懐かしい」「夏を感じる!」と好評を得ていたのでした。

この大好きなペンギン動画をブログ記事に載せた所、前述の田中啓一さんより「あのCMのコピーを作ったのは僕の友人なんだよ。エミちゃんのブログの事もお教えしたよ。」とご連絡をうけ、驚いているのもつかの間、その作者のご本人よりコメントを頂きました。
あのCMを見て、幼心に懐かしさやせつなさを感じたのは板橋区に住んでいた7歳頃のことだった筈で、まさかその20数年後に制作者の方とお話しするなどとは想像できた訳もありません。

その方の名は、渡辺裕一さん。

サントリー缶ビールのペンギンシリーズや、日清カップヌードルのアーノルド・シュワルッツネッガー起用のCM「ちからこぶる。」、ジャネット・ジャクソンを起用したJALの「只今、JALで移動中。」等々、数々の名コピーを産み出して来られた売れっ子コピーライターであり、「小説家の開高さん」という、とてつもなく面白い本を書かれた作家でもいらっしゃいます。

渡辺さんは開業医の1人息子として生まれ、親戚は殆どお医者さん、医者に非ずは人に非ずという環境に嫌気がさし、高校卒業後、過酷な労働で有名な蟹工船の乗組員として、函館からカムチャツカへ向かいます。この本の面白さは、10編に渡るお話の全てが、そんな渡辺さんの実体験を元に書かれているというところにあります。そして、ただの痛快な冒険談というのは、炭酸ソーダのように喉元に一瞬の爽快な刺激を感じた後、すぐに消えてしまうものですが、渡辺さんの文章のように、旅の先々で出会う人々(時には動物)とのささやかな会話や交流、表情、そして普通の人なら忘れてしまうような情景を繊細な感受性で記憶し、それを的確な言葉で再現されている冒険談は、灼けるように熱く強烈な温度が深く長く残ります。度数の高い、強いお酒を飲んだ時の、カッとして胸にジーンと残る熱さに似ているかも知れません。

私は「小説家の開高さん」を、晴れた日のブライアントパークの芝生の上で、ブルックリンからマンハッタンへと向かう地下鉄Q線の中で、あるいはルームメイトが寝静まった後の布団の中で、何度もランダムに開いてはその冒険を頭の中で映像化し、そのつど目眩を覚えてます。

タイトルでもある「小説家の開高さん」の章に、渡辺さんが憧れていた開高健氏の、「やりたいことをやり尽くしなさい。飲み尽くしなさい。あとで戻ってきても、何も残っていないのだよ。」という言葉が出てきます。この言葉に渡辺さんほど忠実に生きていらっしゃる方はいないように思います。

私の表現力ではとてもお伝えしきれていませんが、是非ご一読なさってみてください。
「小説家の開高さん」(フライの雑誌社)

そして、渡辺さんのとっても面白くて気持ちの良いブログも、是非!
文章力の高さに「さすがプロだなあ...」と毎回脱帽させられます。
「酒の肴日記」